27日(月)は、高校時代の友達とぷち同窓会でした♪
まずは、集合時間より一時間早く駅に到着。
そこからスグのところに、20代の時に8年勤めた会社がある。
特にずっと一緒の部署で娘のように可愛がってもらい、
厳しく優しく熱くご指導頂いた上司のWさん、いないかな~と
ダメもとで、行ってみると、いた!!!
(諸事情があって、2007年12月に一度顔を出した時は
お世話になった事務員のOさんはいらっしゃったが、
Wさんはお休みだったので会えてなかったのだ。)
もう、何年ぶりだろう!! かなり感激だった。
かれこれ・・・調べたところ、2004年8月に一緒にお食事して以来
お会いしていなかったので、6年ぶりにお会いしたことになる!!!
うわあ~もう、嬉しくて嬉しくて!
この日はどの部屋も研修などで人がいっぱいいて使ってたので
社長室に通されて(笑:社長はいなかったけど)
Wさんと一時間近く、ゆっくり近況報告がてらお話が出来ました。
上司Wさんは、ぜんぜん変わっていなかった・・・。
かつて社長からも重役からも派遣先の別会社の部長、課長、係長さんからも
「女にしておくのは勿体無い」 「女帝」 「ボス」 と一目置かれ、
社員一同から信頼の厚かったWさん。社長はじめ社員は年下ばかりなので
「おっかさん」 と呼び尊敬・慕われていた。しょっちゅう相談されて酒の席で
部下(40代とかでも)にビシビシ説教し、活を入れ、励まし、奮い立たせてた。
そんなWさんは、孫がいる普通のおばあちゃんでもある。
孫3人はいまや上が中学二年、小6、小4(下二人男の子)で
男の子はサッカー。サッカー。サッカー三昧。
日曜日のたびにやれ試合だなんだと借り出され
弁当作ったり起こしたりついて行ったりなんだりかんだり・・・。
ああ、Wさん、そんなふうに昔とちっとも変わらず
仕事もこなすわ、家では結婚している娘や娘婿の世話やら
孫の世話であちこち駆けずりまわって(&こき使わされて)いるから、
若いんだなあと実感。ていうか、もう、60歳は絶対過ぎているはずなのに、
神々しい笑顔! 威風堂堂としたお姿! 人生の年輪を感じるわ~(しみじみ)
また、相変わらず、ぴしぴしっと、短いながらに出される言葉が的確すぎ!
凝縮された重み、深みを受け止めながら、ああ、この上司の下で教えて頂いた
8年は、ほんと貴重だったなあ、良い経験だったなあとつくづく感じました。
話してると、ちてながいた頃に、すったもんだがあって辞めていった中堅どころの
社員さんたちが、続々と(この不景気だからかな?)戻ってきていて(笑)
「あれもいるよ、これもいるよ、あれは知ってる? あいつも元気でやってるよ」
元気で仕事してると聞いて昔一緒に仕事してた頃の顔が浮かんで、
もう、笑っちゃうくらい懐かしかった。その一方で、お亡くなりになった方もいて、
それはそれでショック・・・。確実に時の流れを思い知る・・・。
最後に、恒例の(笑)イラストと切り貼り絵(Co・Yo・Mi)のポストカードブック
をお見せして、好きなのを選んでもらってプレゼントタイム。
凄く喜んでもらえて、10枚も選んでくださった!! 嬉しい~!!!
やっぱり、スイカとカキ氷はかたいですね。必ず選んでもらえます(笑)
御宿の絵も一発で気付いてもらえて嬉しかった♪
Wさんに会えたらお渡ししようと思ってた、
切り貼り絵(Co・Yo・Mi)のカレンダーも、
「どうぞ職場の机に置いて使って下さい」とプレゼント。
「助かるわ~。しめとか計算する時無いと困るのよ」
と喜んでもらえて、ほんと良かった♪
仕事はこんなことしてます、と、名刺をお渡しして説明して。
「あちこち出歩いて、あんたらしいじゃない」
「あんたもいろいろあったけど、ようやくここまでこれたんだね」
と昔を知ってるだけに、感慨深げ・・・。
そう、一度、何もかも捨てて、上京しただけに、もしかしたらもう二度と
ここには帰って来れない、戻れない、誰にももう会うことも無いかもと思ってたし、
自分の人生の基盤ができるまでは、会えないだろうと思ってた。
それがこうして、会えてお話しすることができて。ほんとよかった。
「あんたはあんたの人生をちゃんと生きることを考えな」
「また遊びにいらっしゃい」
笑顔で手を振ってお見送りしてもらって、気が引き締まったゾー!!!
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このあとは、高校時代の友達3人と集結して、一路、恩師の待つ我が母校へ。
友達とは25歳の時の同窓会で会って以来なので、10年ぶりくらいか。
嬉しいくらいにお互い変わってなくて大笑い☆ 先生へのお土産を買って、
高校を卒業して18年後に再び、我が母校に行ってみると・・・。
高校が、すごい綺麗になっててビックリしたー!!!
制服が超可愛くなってたのも、かなりショック(笑)
学校内を案内していただいたが、綺麗になって、使いやすくなった分、
少子化の波は激しく、修学旅行の写真を見て愕然とする。
ちてな達の頃は、1クラス50人で6クラスまであったのに、
今じゃ1クラス15人~20人くらいで3クラス・・・激減ですね!!
担任の先生は、やっぱりというか、思った通りというか、
嬉しいくらいに、ぜんっぜん、変わってなかった!
でも、わたしたち4人も、負けることなく、ぜんぜん変わってなかった(笑)
以下、恩師から頂いた印象の言葉
「Tちゃんは、いちばん子供っぽくて可愛かったのが、綺麗な女性になって」
「Sさんは、ふっくらしてたのが、ちょうどよくほっそりして」
「Aちゃんは、癖ッ毛だったのが、ストレートパーマかけて綺麗になって」
「ちてなさんは、風貌も着ている洋服もぜんぜん変わってないねえ」
・・・がっくし、です(^_^;)★
しかし、ちてなは高校時代からインパクトだけはあったようで
何人かの先生は、すぐに会っただけで気付いてくれて、
「おー! *****!
(ちてなの本名を知ってる人は必ず連想するであろう有名人のあだ名)」
と、すぐにばればれ(笑)
「お前はね、担任とかじゃなくてもね、インパクトあるんだよね。
いい子は記憶に残らない。手がかかる悪い子のほうが、記憶に残る」
あっ、そうですか(^_^;;)★☆
楽しい我が母校巡りも終わり、恩師と近くのファミリーレストランで
食事しながらいろんな話しで盛り上がる!
(友達が選んでくれたポスカ抜粋)
イチバン痺れたのは、やはり、恩師が体験した、突発性難聴
(浜崎あゆみがかかった病気ですね)という、原因不明、治療法も不明の
謎の病気になった瞬間の壮絶な七転八倒状態から、病院に行き、
告知され、自宅での闘病生活、リハビリ生活などなど、
手に汗握る中身の濃~い、貴重なお話しを拝聴!
(そもそも今回のぷち同窓会は、年賀状で先生がこの病気になったと知り、
励ましに行こうじゃないかと、ずっと連絡をとってなかった友達に
声をかけた、というのが趣旨だったのです)
●先生は、重度のほうで、もう片耳は聞こえるようにはならない。
片耳は聞こえないんだ、という人生を受け入れて
どう生きるか考えてくださいと医師に言い渡されるも
「わかりました。でも自分の体の自然治癒力を信じて、諦めたくない」と
自分でも調べてできること、少しでも体に良いことを取り入れて
粘り強くリハビリして1ヵ月後、ちょっとだけ聞こえるようになり、
一ヶ月検診でも結果に表れ、
「私が今までこの病気で診てきた患者の中でこんな人はあなたが初めてだ」
と驚かれたそうな。
●それでも、聞こえるわけではないそうで。
ただ、聞こえないのに、体の中から常に10種類以上の耳鳴りが
交互に鳴り続けていたのが、今では2種類に減ってきたそうです。
(この耳鳴りは、ほんと、四六時中鳴ってるので夜は眠れない。
気にすると余計聞こえてしまう悪循環で、
あまりのことに発狂しそうになって、精神科に通う方もいるそうです)
●先生は、ちてなたちの担任の時から元気で健康の塊という印象だった。
「私は、学校と名のつくものは一度も休んだことが無いのが自慢だった。
健康にも体力にも自信ある。健康診断に引っかかったことはないし
胃も腸も丈夫。内臓も血液も丈夫。心臓も丈夫。精神も強い。
ストレスなんて今まで一度も感じたことが無かった。
ストレスって何?どんなこと?と思ってた。
自分は過信しすぎていた。だから、この、耳の中の一番奥の、
骨で手術も出来ないようなところに症状が出たんだと思う。
職場の先生方に話したら、
『確かに、M先生は日頃から無理してたもんね』と納得顔だった。
私も無理しないようにしようって言われたくらい。
からだはもう充分、疲労であっぷあっぷだった、
無理していること、からだの悲鳴に気付いていないだけだった。
自分では当たり前だと思って、無理してる自覚も無かった。
●気持ち悪くて吐き通しだったので、リハビリは寝返りをすることから始め、
半身起こすこと、立ち上がること、座ること、顔を洗ったり歯を磨いたり、
そんな日常の当たり前なことを当たり前に出来るようになるまで大変だった。
できるようになった時、年老いた親が『よくここまで頑張ったね』って
涙を流してくれた。ありがたかった。
2週間も家で篭ってリハビリしてたので、家から駅まで歩いて帰ってこれるように
するために初めて外に一歩出たとき、凄く怖かった。音が聞こえないから、
いつ自分の横を誰かが通るかもわからないし、ふらふらしてまっすぐ歩けない。
怖かったけど、一人で何とか行って帰ってきた。
そうやって自信をつけて慣れさせて学校に出勤できるようにしていった。
●先生の場合は、その体験談を聞くと、かなり重症。かなりきつい。
一日中、ぐるぐる眩暈が止まらず、天地がわからず、常に吐き通しで
ずっとトイレですごし、ちょっと体を動かしただけで吐いてしまう。
年老いた親御さんに体を拭いてもらったりして、凄く情けなくて泣いたそうです。
でも、その親御さんのためにとリフォームして、手摺をあちこちつけたのが
今回とても役立ったそうです。まさか、親のためにつけた手摺をいち早く子供である自分が
利用することになるとは夢にも思わず、そして、その手摺があることでとても便利だった!
よかった、手摺があって~と、つくづく思ったそうです。
そして、常に耳鳴りの嵐だった最初の一ヶ月。先生はこんな大変な病気、
自分でよかったと思ったそうです。自分はまだこれでも精神的に強いから耐えられるけど。
自分の親や友達、知ってる人がこの症状になったら、とても耐えられないと思う。
こんな辛いのは、自分だけでたくさん。親や友達じゃなくて自分が体験して良かったと思う。
(自分の事を「私は、精神が強いからある程度のことは耐えられる」と言い切る
先生は、ほんとスゴイと思う・・・尊敬します。どんなことがあっても挫けない強さ。
ちてなだったら、ぜったいへばる、くじける、泣いてすがっちゃう、
弱いところあると思うから・・・)
最後に、
「だからね、皆もね、無理しないこと。それと、逃げ道は作っておくべき。
自分をあまり追い込んで追い詰めないこと」
恩師の迫力ある病気体験談に、一同「他人事じゃない」と痛感しつつ
先生が、いま、こうして目の前で元気でお話ししてくださっていることが
ほんとうに何より嬉しく、ありがたかったです。
恩師と熱く楽しい充実した時間を過ごし、ここでも恒例のポストカードブック参上(笑)
友達3人それぞれと、恩師に好きなカードを選んでもらう。
先生がたくさん選んでくださって、
「これ文字書けるからいい、生徒や卒業生に葉書出すときに使う」
「(切り貼り絵を)保育科の子達に、こういうふうにもできるよって見せよう」
とおっしゃってくださって、嬉しかった~♪
最後に、やっぱり、こうして恩師に会えて、イチバン多感で楽しかった
高校時代の友達と会えたのは、ほんとに嬉しい。それこそ
誰にも知らせず人生やり直したくて上京して、今まで居場所を誰にも
知らせていなかったから、もう誰にも会えないと思ってただけに。
こうして「皆、ぜんぜん変わってないね~☆」って会えて良かったなぁ*
恩師とお別れしたあとは、お茶しながら4人で女子トーク(笑)⇒
ひとり見送ったあと、3人で夕飯食べ食べ女子トーク(爆)
と、喋って食べて飲んで喋ってと、ハイテンションな1日でした~☆
それぞれ、結婚、離婚、恋愛、仕事、
自分の体の健康問題、親の病気、介護問題などなど、
多かれ少なかれ憧れや挫折、喜び、悲しみ、苦労や悩みを抱え、
それでもやっぱり
「あんたはあんたの人生をちゃんと生きることを考えな」
(by 上司のWさんの言葉)
に、尽きますねー。いやー。楽しかった!